生きるためのセミリタイア

当たり前を疑い、40代セミリタイアを目指す

日本の家は寒すぎる!笹井恵里子「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」

日本の家は寒い

日本に暮らす外国人の愛用品を紹介する記事で、日本より寒い国(韓国とポーランド)から来た人が、
「日本は寒い」「日本は家の中が寒い」と言っていて印象的だった。
オンドル暖房やセントラルヒーティングがある家、うらやましい。
国内でも、北海道の人が本州に来たら家の中が寒い!というのは聞いたことがある。

 

気になって室温について調べたら、ドイツでは室温19℃以下は基本的人権を損なうとされ、これを下回るような物件では賃料を減額させられるらしい。

ヒートショックだけじゃない。室温が18℃以下になると発生する健康リスクとは? | ハーバー・ビジネス・オンライン

日本の一般的な住宅では、冬の朝なんて10℃もないくらいじゃないか?
ドイツの基準では、人が住めない。物置である。。

室温の重要性

笹井恵里子「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」(光文社新書、2020年) 

 やっぱり日本の家は寒すぎる!と確信できたのがこの本。

高知県梼原町の事例

高齢化がかなり進んだ高知県梼原町では、「住まいと健康」に関する大規模疫学調査が行われてきた。
その調査により、室温と健康の関係が明らかになったという。

梼原町に建てられた断熱性の高いモデル住宅は、こんな感じ。

梼原町の外気温は7.5度で、手がかじかむほどでした。でもモデル住宅に一歩足を踏み入れると、ふわっと木の香りが漂い、暖かい空気に包まれるのです。暖房はついていませんでしたが、室温計は18度近くを示していました。家の中のすべてが均一の温度空間を体感すると、普段の自分が無意識に廊下、トイレ、風呂などで「寒いはず」と身構えているのがわかります。

こんな家に住んでみたい!

日本はどうしても「我慢は美徳」とばかりに、寒さに耐えて生活する、厳しい環境でも業務に集中する傾向がありますが、それぞれの人が本来の力を発揮するには、環境を心地よくすることが大切だと梼原町の取材で改めて思いました。「快適に過ごす=体を甘やかす」ことではないのです。

そこは我慢しなくていい、と。室内、しかも自宅でまで、寒さに耐えて縮こまっていたくないよな…

 

本書の要旨

本書は集中できるオフィスづくり、色の効果なども扱っているが、室温に関する部分の要旨としては次の通り。

室温が低い家では、
・室内での気温差が大きいことによる高血圧、アレルギー
・寝室の気温が低いことによる過活動膀胱(頻尿)その他睡眠の質の低下
など健康に悪影響がある。

室温を上げれば、着込まなくてよくなり、家の中でも活発に活動するようになる。認知症予防にもなる。

 

確かに、布団やこたつから出られないというのも少なくなりそう。
冬の朝に部屋も冷え込んでいたら、布団から出られない方が正常だ。。
ひざ掛けとかでもなんとなく立ち上がるのが億劫になってしまうので、活動量は減っているだろう。

ヒートショック予防のため浴室や脱衣所を暖かくしましょうというのはよく聞くが、
室温が健康にとってこれほど重要だというのはあまり知られていない。

住宅の質の問題

日本の家が寒いのは夏を基準に作っているせいかと思いきや、夏の室内はかなり暑い。熱中症も頻発している。
だから別に、涼しい家づくりに重点が置かれているというわけではない。
断熱性が低いと、夏は外の熱が入ってきてしまうのだ。結局、室温を快適に保つということが考えられていない。

「家を持って一人前」というマイホーム幻想が根強かった割に、肝心の住み心地はちゃんと考えられてこなかったのではないか。

セミリタイアと住宅

将来的に、空き家バンクで安い家を買って住むことも選択肢にあるのだが、古い一戸建ては相当寒そうだ。
健康を害するのも電気代がかさむのも避けたい。まだ、集合住宅の方が無難かもしれない。

ほとんどの女性は気が強い説

はっきり自己主張したり、拒絶の意思表示をするような女性は、「気が強い」と直接あるいは陰で批判されることがある。
そういうのを聞くと、「いや、気が強いのは当然だろ…」と思う。

・基本、気が強い。でなければ生き残れない(たぶん)

女性が気が強いのは当たり前だ。そうでないと生き残れないからだ。
20代半ば以降で、社会と関わりを持ちつつ、メンタルを健康に保って生き抜いている女性は、気が強いか、成長過程で強くならざるを得なかった。

これは私の推測にすぎないが、子ども~少女~若い女性と成長する過程において、気が弱いままでは、他者に付け込まれ搾取され、なんらかの被害に遭ったりメンタルを病んだり、DVなどにより周囲から切り離されてしまうのではないか。
だから職場など目に見える範囲にいる=社会と関わりを持っている女性は、大抵は気が強い人しか残っていないのだ。

・隠すかどうかの違いだけでは?

気が強いのがベースとしてあって、本人にそれを隠すつもりがあるかどうか、あるいは若さ・可愛らしさで隠せているかといった表面上の違いがあるだけだと思う。
気の強さが剝き出しだと、恋愛に限らず人間関係においてうまくいかなったりするので、隠す必要も出てくる。
婉曲に表現するとか、弱そうに見せて相手に頼るとか。

糖衣で可愛く包まれているけど中味はゴツゴツしているような感じで、

大人として技術を身に着け、好印象を与えたいとか人間関係を円滑にするために隠したり、

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逆に、もう隠さなくていっか~と開き直ったり。

というだけの話なのではないだろうか。

魔女の暮らしとセミリタイア

魔女図鑑

子どもの頃、魔女になりたかった。

「魔女図鑑」という本が好きで、何度も読んでいた。
魔女の不気味なレシピや手芸、薬草やまじないなどが載っていて飽きなかった。
取れない汚れがついた服は黒く染めましょうとか、雑なライフハックみたいなものも魅力的だ。

 

魔女図鑑―魔女になるための11のレッスン

魔女図鑑―魔女になるための11のレッスン

 

 

登場する魔女たちは大抵若くはなく、それぞれ顔も体型も服装も違っていて個性的。
基本的に一人(と動物)で暮らしていて、魔女どうしの交流はあるけどわりとドライな印象を受けた。
性格は自分勝手だったり意地悪だったり、いたずら好きだったり、怠け者だったりする。

魔女=都合の悪い女?

薬草を扱い、産婆でもある「賢い女」と呼ばれた人たちが、魔女狩りの対象にされることもあったといわれる。
薬草や医療の専門知識がある、一人暮らしの高齢女性。

中世ヨーロッパといえば、女は客人をもてなすために差し出されたりとか、モノか家畜みたいな扱いをされていたらしい。
そんな社会において、若くなく生殖不可能な女や家庭に属さない女というのは、たとえ専門技能があっても煙たい存在だったのではないか?

魔女狩りの対象とされた人の中には男性も多かったらしいが、同様にコミュニティにとって都合の悪い存在が排斥されたのではないだろうか。

魔女とセミリタイアの共通点

そして今も、魔女のような存在になりたいと思っている。
ほうきに乗って空を飛びたいとか呪術で何かしたいとかではない。

社会から距離を保ち、自然に近い場所に一人で暮らし、時々は技能と引き換えに食糧など(=収入)を得る。

そういった暮らしに憧れがあるのだ。
そして今思えば、魔女の生き方はセミリタイアと似ているのでは?

実際には社会に害をなしていなくても、批判・攻撃しようとする人が出てくるところも似ているかもしれない。

私が子どもの頃にはセミリタイアなんて言葉はなかったが、憧れた魔女の暮らしはセミリタイア生活とよく似ている。
大人になっても基本的な考え方はあまり変わらないものだなと思う。

おまけ:おすすめ魔女映画

 

ウィッチ(字幕版)

ウィッチ(字幕版)

  • 発売日: 2017/12/15
  • メディア: Prime Video
 

 

ジャンルとしてはホラー映画だが、家父長制において家父長が能力不足だと家族全員がめちゃくちゃ困る…ということを実感させてくれる作品。

気まずいシーンがわりとあるので一人で観ることをおすすめします。

 

肉体という牢獄

・人生100年時代と言われても

人生100年時代、ライフシフトだとか言われても、別の肉体に取り換えることはできない。
知能も、気質も大して変えられない。

自分以外の人になることはできない。

持病とか骨格とか、変えられない要素がたくさんあって、
たった一つの肉体に閉じ込められたまま80年とか100年とか生きるなんて、気が遠くなる。

肉体という牢獄。

懲役100年時代じゃないか。

たまたま恵まれた環境に生まれ、健康な肉体を持って生まれた人は、ライフシフト、マルチステージとかいって色々チャレンジすることにエネルギーを注げるかもしれない。
でも、例えば歯がボロボロとか、アレルギーとか、辛い記憶とか、対人関係が苦手とか、そういう諸々も抱えたままで生きていかざるを得ない。
長生きするうちに時間や科学技術が解決してくれる?全部がそうではないだろう。

・別の人生を生きる?

すべてを捨てて失踪し、別の土地で第二の人生を始めたとしても、肉体は取り換えられない。
どこまでもついてくる。閉じ込められている。
別の人生を生きることができないからこそ、そこから逃れたくて本を読むのだと思う。

自宅最寄り駅は無難な話題ではない

職場の人が結構な人数、普通のノリで最寄り駅を聞いてくるのだが、これは一般的なことなのだろうか?

もちろん、必要書類とかには記入しているし、出張の精算に必要とかなら伝えるのだが、私は抵抗があるので○○線とか言ってごまかしている。

別にその人自身がストーカーになるとか疑ってるわけじゃなくて、一人に伝えると話した覚えのない人まで知っていたり、個人情報についての考え方が違いすぎて恐ろしいから、あまり言いたくないのだ。
飲み会帰りの電車内で、一人暮らしという前提とともにどこまで乗るのか大声で聞いたりするし。
誰が聞いているか分からないのに、被害者を物色している犯罪者に目をつけられ、後をつけられたらどうするんだ。

職場以外でも、初対面で複数人いるような場で、出身地くらいの感じで聞く人(主に男性)が多いけど、適当に広いエリアを言って誤魔化すことにしている。
こっちは変な人に目をつけられたら引っ越し=数十万の損害だし、お金だけで済まないかもしれない。
別にその人を変な人と思っているわけじゃなくても、そういう一律対応にせざるを得ないのだ。
どれくらい警戒心を持って生活しているか、想像もしたことないんだろうな…1階に住んで洗濯物も干せるしな…と、うらやましくなる。

また、最寄り駅からは経済状態なども大体推測できてしまうし、年収や家賃を聞くほどでないにしても、無礼な質問だと思う。

答えないか誤魔化すことによって、最寄り駅は無難な話題じゃないということを浸透させていきたいと思っている。

街頭のニュース映像に思うこと

通行人を顔がわかるくらい撮ってるニュース映像が嫌いだ。
猛暑日に日傘を差した女性とか、風物詩みたいな感じのもの。

特に都心で積雪があった日などは、転べ転べと期待している感じがして不快だし、豪雨に遭っている制服姿の女子生徒を撮りがちなのも、なんか気持ち悪いと思ってしまう。

映るのはそこそこ人数だし、通行人の承諾なんていちいち取ってないはず(私が知らないだけで承諾取っているのか?)。
私は心配性なので、ストーカーから逃げてる人とかが映ったらどうするんだなどと思ってしまう。
今はまぁ、マスクで顔が隠れてるからマシだと思うが。
顔なんて個人情報だから、路上や公共交通機関などでは不特定多数に公開せずに隠しておいてもいいんじゃないか。

コロナ禍とその後の世界を生き抜く「馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。」

藤森かよこ「馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。」(KKベストセラーズ、2020年)

 

身も蓋もない言い方が爽快な、「馬鹿ブス貧乏」シリーズ2作目。続編が出たと知って、即買ってみた。

 

 

概要

2020年のネット連載がもとになっているそうなので、全体としてコロナ禍に関係した内容となっている。
「共同謀議論」「某有料会員制セミナー」とか、「地球の支配者は宇宙人だという説もある」とか、???という部分も前作に引き続きあるのだが、まぁそういう考え方もあるのねくらいで読めるので大丈夫だ。また、今作も興味を惹く多数の本が紹介されており、ブックガイドとしても活用できる。

馬鹿ブス貧乏=そのへんにいる普通の女性のサバイバル、という観点では、コロナ以前より状況は一層厳しくなっており、それに加えてAI化、ロボット化でほとんどの人が「無用者階級」になってしまう未来が予測される。それはピンチと思えるが、男性でも大して稼げなくなるのだからチャンスでもある、と応援している。

以下では、印象に残った箇所を紹介したい。

家族神話に冷や水を浴びせる

とはいえ、親になる人のかなりは自覚も覚悟もなく、避妊や中絶し損なって親になるので、親になる人々の30%はまともな親になれない。こういう事実を、私たちは認識しておくべきだと思う。きれいごとの家族神話で脳を薄らぼんやりとさせておいてはいけないと思う。この30%という数字に根拠はない。私の観察による勝手な推測だ。すみません。

「し損なって」とは、ちょっとひどい…そして数字に根拠はない。でも、きれいごとで薄らぼんやりしてる場合ではないのは明白だ。

「はっきり言えば、「子どもたちよ、親相手でも油断するな」と、私は子どもたちに言いたい。大人には、「家庭は何をやっても許される場所ではないし、家族に対して甘ったれるな」と言いたい。
外でストレスの多い賃金労働をしているのだから、家庭の中でくらいは、気楽に好き勝手にわがままにふるまいたい?凡人のあなたは、そこまで非常に重要な仕事などしていない。単なる賃金労働者がえらそうなことを言ってはいけない。

なんか、家庭内ももちろんだけど、駅などで女性やベビーカーに八つ当たりする人とかも、自分でも気づいてないかもしれないがこんな意識を持っているのではないかと思う。

家族についての考え方が、身も蓋もなくてとにかくスカッとする。著者は家族神話の夢を徹底的に壊していく。

先進国で出生率が上がることはない。非婚化は進む。結婚や家族形成や子育てよりも、自分個人の生きがいを優先させる人々は確実に増えている。家族神話の洗脳は解けつつある。時代は変わる。人間も変わる。変わらないものなどない。
今どき、結婚をせよ、子どもを産み育てよ、と騒いでいるのは、伝統的結婚制度や家族制度により恩恵を得てきた男性高齢者くらいだろう。日本の主要政治家のほとんどが、この種の伝統的結婚制度や家族制度から甘やかされてきただけのジジイであるのが問題だ。

そう、家族神話の陰で実の親からひどい目に遭わされている子どもは大勢いる。現実は家族=ハッピー、ではないことなんて虐待のニュースなどでとっくに分かっているのに、育児も介護もなんでも家族に丸投げしておけば大丈夫、と思い込みたい人が多いのだろう。そして「ジジイ」たちはそれで得してきたのだろう。

そうやって丸投げした結果、女性の就業率が高く「福井の女性は働き者」と言われている福井県で、「自慢の嫁」が義両親(90代)と夫(70代)の3人をたった一人で介護し、過労で追いつめられた末に3人とも殺害してしまった…という事件などが起こるのだ。しわ寄せは弱者に行くというのは、コロナ禍でも再度明らかになったことだ。

AI化、ロボット化が進んで雇用消滅した世界

SFみたいな話なのだが、「雇用が消滅した世界でどう生きるか」ということなのでセミリタイア界隈の人の興味を惹きそうだ。

世間や他人の評価や是認ではなく、自分で自分を是認できるような生き方ができる自分自身を模索し創っておかなければならない。
「どんな時代になっても、誰に理解されなくても、カネにならなくても、私はこれだけのことができるなら生きていける」と思えるような、「これだけのこと」を持っているなら生き延びることができる。言い換えれば、「無心に夢中になれること」を持っているならば生きることができる。

カネを使わないと時間が潰せない生活をしているわけにはいかなくなる。金に頼らずに自分で自分の時間を充実させることが必要なのだ。
(略)
ひとり遊びが上手で、かつそのひとり遊びの内容を面白く表現できて、そのひとり遊びの意義を説明できる人間は強い。

セミリタイアラーは、時代を先取りしていると言えるのではないか?セミリタイアブログなどを読んでいると、自分はこれさえできれば幸せだ!という人が多い。自分自身をよく知っていることが、セミリタイア・アーリーリタイアには不可欠とよく言われるが、本書の近未来サバイバル術との思わぬ共通点を発見できた。

 

おわりに(ネット記事など)

本書の一部はこちらで読むこともできる。人との関わり方など、参考になる部分が多かった。

報酬は高いが不幸でストレスフル「クソどうでもいい仕事」を続ける人を待ち受ける悲しい現実 「これさえできればいい」と言えるか | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

著者について調べていたらインタビュー記事が出てきて、そこで初めて写真を見た。文章からイメージしていたよりもずっと素敵なマダムだったので(失礼ながら)驚いた。

藤森かよこさんインタビュー 馬鹿ブス貧乏で低スペック女子の成れの果てが教える実践的サバイバル術|好書好日

馬鹿にもブスにも貧乏にも見えないのだが、著者の定義は独特で広めなのだ。

前作の感想はこちら。

 

fluffysamoyed.com