生きるためのセミリタイア

当たり前を疑い、40代セミリタイアを目指す

国家と“野蛮人“~「反穀物の人類史」まとめ

 

 

ヒトは自らを家畜化したといえるのではないか?というのが以前の記事。

fluffysamoyed.com

 

本書は、ヒトが植物を飼いならしたのか、植物がヒトを飼いならしたのか…

国家とは、野蛮人とはどのような存在だったのか…歴史の「常識」を疑う一冊。

 

○国家は脆弱なものだった

国家は、どれもこのうえなく強力な支配をしていたように記述されているのでそう思いがちだが、そんな恐るべき巨大海獣(レビアタン)になるのはごく稀な、しかもごく短いあいだのことだった。
ほとんどどの地域でも、王の空位期間や分裂時代、あるいはまったく記録のない「暗黒時代」の方が一般的で、確固とした有効な支配の方が少なかった。
(略)
世界の大半では、国家は、勢いが盛んだったときでさえ、季節限定の制度だった。

 

「崩壊」は、こうしたプロセスに適用することばとしては大仰すぎる。巻き込まれた側の臣民にとってはごくふつうのことで、単に分散して定住地と生業ルーチンを整理し直すという。お馴染みのパターンだっただろう。それを「崩壊」という悲劇として経験したのは、国家のエリート層だけだったのではないだろうか。

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「国家」は現代人が想像するよりずっと脆弱で、あって当たり前の存在ではなかったようだ。

今ではすべての人間がどこかの国に所属している、国民であることが前提となっているが、実はごく最近の限定的な現象であることがわかる。

○国家の「崩壊」と「暗黒時代」を問い直す

崩壊万歳

崩壊という状況の描き出すものが、複雑で脆弱で、たいては抑圧的な国家が、小さくて分散的な小片へと拡散していくことであるのなら、なぜ「崩壊」を嘆き悲しむのだろう。
(略)「空白」期は、多くの国家の臣民にとっては束の間の自由と人間福祉の向上を意味していたと、強く主張することができる。

 

古代国家の中心地の「崩壊」は。それに伴う多大な死亡者数など、多くの人間悲劇を暗示するが、多くの場合、それは間違いだ。たしかに、侵略や戦争、あるいは伝染病が大量死の原因になることもあるが、それと同じくらいに、ほとんど人命が失われることなく国家センターが放棄されることもあった。そうしたケースは人口の再分配と考えた方がいいし、戦争や伝染病の場合も、残っていれば失われた命が、都市を放棄して田舎へ逃げだすことで救われたというケースが多い。
(略)
都市中心部の放棄という事実そのものを野蛮と暴力への下降だと決めつけることはできない、と言いたいのだ。

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崩壊のエピソードに続く時代は、たいてい「暗黒時代」とよばれるようになる。(略)それは誰にとっての、どんな視点からの「暗黒」なのか、と。(略)どう控えめに見ても、ただ国家の中心地で人口が減少し、巨大建築や宮廷記録が存在しなくなったというだけで、その時代を暗黒時代と名づけ、文明の光が消えたのと同じだと理解するだけの正当な理由はないと思われる。


単に記録や遺跡が残っていないだけで「暗黒」というのはおかしい、という問いかけである。
歴史というのは国家の歴史であり、どうしても国家の側から見たものになる。だから、はっきりした国家がない時期は歴史がない、文化など何もない混沌、混乱期みたいに扱われてしまう。

国家の側から語られるから、暗黒・混沌、暴力と飢えから、国家ができると秩序が生まれ安定した生活が送れるかのようなイメージがあったのではないか。

 


○穀物と課税のしやすさ

穀物にしかない利点を理解するためには、自分が古代の徴税役人になったと想像してみればいい。その関心は、なによりも収奪の容易さと効率にある。

 

穀物(水稲、コムギなど):地上でほぼ同時に熟す。貯蔵や運搬もしやすい。徴税役人は、収穫時期に行けば一度ですべてを得られる。

イモ類(キャッサバなど):1年で熟すが、そのまま1~2年地中に残しておける。掘り出さないといけない。運搬時に嵩張るし、腐りやすい。

 

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確かに日本でもコメが課税の中心だったし、これはイメージしやすい。
徴税のしやすさというと、現代の水稲にあたるのは給与所得者ではないか。源泉徴収で毎月とりっぱぐれがない。
政府が昨今、個人商店や零細企業、家族経営などのスモールビジネスを潰して、大きな企業で働く労働者に移行させたがっているように見えるのも、課税のしやすさにあるのでは?と勘繰ることができる。


○余剰と強制

農民層は――基本的なニーズを満たすだけのものがあるとして――エリート層に収奪されるような余剰分をわざわざ自分から生産しない、生産させるには強制が必要だということだ。
(略)なんらかのかたちでの不自由な強制労働(略)を通してしか余剰はもたらされない。

 

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セミリタイアした人が非課税の範囲内で収入を得ていくことを連想した。

 

○メガビタミン、パレオダイエット

「農業女性」に認められる栄養不足(女性は月経で失血するので最も影響を受けやすい)の大半は、鉄不足によるものだったようだ。(略)穀物食は、必須の脂肪酸を欠いているだけでなく、実は鉄分の吸収を阻害してしまう。こうして、後期新石器時代に初めて穀物食への集中度が急上昇した結果、鉄欠乏性貧血が登場し、見間違いようのない法医学的な特徴が骨に残ることになったのである。

鉄・プロテイン不足があらゆる不調の原因という考え方がある。パレオダイエットは、旧石器時代の食生活に戻って、当時食べられてなかったようなもの(特に穀物)は食べないというものだ。いずれも本書の立場と親和的である。

農業と穀物食の普及で人類は飢えから解放されたかのように思われるが、本書によれば農業で得られる栄養素は労力に見合わないものだった。大変なわりに狩猟採集より栄養面で劣る、いわば「コスパの悪い」ものだった、という指摘は新たな視点だと思った。

また、 農耕が始まってからも、かなり長い期間、完全移行はせずに狩猟採集と併存していたという。確かにその方が納得できる。食糧確保は一点集中より、いろんな方法を残しておいた方が気候などにも対応でき安全だ。いきなり農業に一本化したとは考えにくい。副業みたいなものか。

○野蛮人とは

野蛮人の大多数は、遅れたり取り残されたりした原始人ではなく、むしろ国家が誘発する貧困、課税、束縛、戦争を逃れて周縁地へ逃げてきた政治難民、経済難民だったことになる。

世界史の教科書では、周縁の民、特に遊牧民は襲ってくる凶暴な奴らというイメージで語られていた。「匈奴」とか、字面からして残虐な野蛮人という感じだ。でも、教科書には、本書にあるような国家による収奪とか捕虜、奴隷といった話はあまり出てこなかった。重税の話などはあったが。

本書によれば、戦争は捕虜=奴隷、マンパワー獲得を大きな目的としていた。国家の基盤はマンパワーだからだ。農業などに従事する臣民と、過酷な労働(船を漕ぐ、岩を切り出す)に従事する奴隷がいないと成り立たない。

そういうところから逃れ、距離をとった人々を国家の側から「野蛮人」と扱っただけで、べつに未開人というわけではなかった。

○まとめ

一般的な「歴史」というのは国家の側から見た歴史にすぎない、ということが本書を読んでよく分かった。できれば自分も国家から距離をとって隠者みたいに生きたい。

2010年に書かれたということに驚き。ハイシマカオリ著「ケチケチしないで500万円貯金しました」感想

ハイシマカオリ「ケチケチしないで500万円貯金しました」

ズボラを自認する30代独身女性の作者によるコミックエッセイ。

自分と似ていると思い、読んでみた。

 

 

 

たいして食べたくもないものにお金を使いたくない

外食するときは「これが食べたい」というのがあればいいと思うけど
ただ自炊する気にもなれなくて食べたいものもなくて
どうでもいいものを買って食べて太る
これが一番イヤ

(コンビニ弁当 しかも安くない)

 
すごく共感した箇所。
疲れていて自炊したくないから、そこまで食べたいわけでもなく安くもないものを買って食べてしまう…これは避けたいところ。
私が実践しているのは、安売りで鶏むね肉やささみ、薄切りの豚肉を買っておいて、
棒棒鶏みたいな蒸し鶏や、豚しゃぶを作って冷蔵しておき、数日間かけて食べきること。

お弁当にも入れられるし、基本的にゴマダレで食べているが飽きたら味付けを変えてもいい。
レタスやもやしなどの野菜も一緒に食べられる。

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「コンビニ弁当 しかも安くない」というのは本当に同感で、コンビニって贅沢してる感もなく、心が満たされるほどおいしくはないのに結構高いから、どうしてもの時以外は利用しないようにしている。
私がコンビニを利用するのは、メルカリの発送か、切手、そして冷凍ブルーベリー(ヨーグルトにのせるとおいしい)の購入くらいである。

必要なものってそんなにない

セットで買えばお得だよ というのがよくわからない
安く買えてもはじめからその分も買わなければそっちのほうがお金使ってないわけだし
(略)
「得した」と思ってるのは 本当に得しているのだろうか?

「皆さんお金をたくさん使って経済の流れを活発にしよ!」
なんて言ってるけど不況になってモノが売れないのは
世の中そんなに必要なモノって多くないなって…みんな気づいただけなんじゃないの?
(マイカー マイホーム 海外旅行 ちょっとしたパーティーに着ていく服)

 
2010年に書かれた本なのに既にこの境地に到達しているのがすごい。
断捨離は2010年の流行語らしいが、こんまりとかミニマリストとかって感じではなかったはず。
必要なものなんて実は大してなくて、必要な気にさせられてるだけだ。

 

 

お金があるのにまだ働くの?

すでにお金をたくさん持っているのに定年過ぎてなおあくせく働き続ける人も不思議だ…
おとなしく隠居しちゃえばいいのに…
(別に働く必要ないじゃん…)

カルロス・ゴーンのニュースを見たとき思ったけど、孫の代までかかっても使い切れないようなお金を持ってて、一体何のためにそれ以上稼ぎたいのか不明。
使い切れないから、ヴェルサイユで結婚式とかわけのわからないことするんじゃないか。もったいない。

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ストレス解消のためにお金を使わない

ストレス解消=買い物という人も多いようです
でも…「買い物をしてスカッとする」心理がよくわからない
買い物依存症という病気もあるほどですが
ストレスのためにお金を使うのってどうなんだろう…
苦労して稼いだお金なのにもったいない

働かないでいられるだけのお金がないからストレスが溜まっているのであって、お金を使ってしまったらますますストレスのない状態から遠ざかってしまう。自分も気を付けている。

 

会話の終わらせ方:覇気のない態度で、とっかかりを与えない

懸賞に応募したらジュエリーの会社からイベントの勧誘電話が来たという作者。
怪しい、絶対買わされるやつだ!
その対応というのが応用が利きそうだった。

こういうとき私が取る作戦は…
「ご趣味は何ですか?」
「いや…とくに…何も……」
異常に覇気のない態度で相手の興味をそぐ
「疲れてますか…?」
「はあ…」
こうなるともう会話の「とっかかり」すらない状態
「消費する人」というのは少なからずエネルギーを持て余しているので打てば響くわけですが…
「えーと…興味ないですかね……」
「はぁ…」
打たれても吸収するのみ


勧誘は無視でもいいけど、面倒くさい人間関係もこれでいいと思う。
噂話好きの人とか、いじるために個人情報を聞き出したいだけの人とか。
「休みの日…は…寝てますね……」「あぁ…はぁ…まぁ…」でだいたい乗り切れるんじゃないか。

 

一人暮らしとペット

「家具付きアパート」ならぬ「猫付きアパート」があればいいのに…

これは既に実現してる!すごい!

 

冷房は誰に温度を合わせているのか問題


冷暖房が苦手で、冷風が直撃するのが無理という作者。

いったい誰に温度を合わせてるの?スーツを着たおっさん?
それともおっさんのニオイ消しが目的?
(常温だとにおうから…)

お金まったく関係ないけど笑った。確かにクーラー強すぎる場所も多いけど、弱冷房車しかないとしたら地獄だな…

 

まとめ~作者の先見の明


本当に欲しい物だけを買って、セールやポイントカードには振り回されない。
など、2010年時点(私が読んだのは旧版だったようだ)でこれをブログで書いて本になったという作者は、物とお金や暮らしを見直して整えていく界隈のはしりではないのか?
アザラシのイラストがゆるくてかわいく、さらっと読めて楽しい一冊だった。

 

セミリタイアに向いている人とは?~面の皮が厚くないとセミリタイアはできない

「ふつう」とか、他人の目を気にしていたらセミリタイアどころではない。

・「ふつう」という基準に意味はない

周りが残業していてもとっとと帰るとか、会食を断るとか、
それくらいできなければなかなか目標には近づけない。

セミリタイア自体「ふつう」じゃないのだから。

結婚、子ども、マイホーム、車。
何歳ならこれが当たり前。
ふつうはこれくらいのものを持ち、これくらいのお金をつかっている…
そんな基準は何の意味も持たない。
老後はこれくらいのお金が必要と言われたって、そんなもの人によって大きく差があるから、自分の生活で計算しないと意味がない。

「ふつう」は統計上の平均値や中央値とも乖離していると思う。
いまや非正規だってふつうだ。
東京郊外の新築の家に大きな車、専業主婦と子ども2人…そっちの方がむしろふつうではない。
あくまでその人にとっての「ふつう」があるにすぎない。

 

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・他人の目はどうでもいい

仕事ができない奴、ノリの悪い奴として白眼視されようと、
気にしない面の皮の厚さが必要だ。

他人の目を気にすることとセミリタイアという生き方は相容れない。

嫌われないための努力は、するのであればずっと継続しなければいけない。途中で降りられない。
緩めた途端に効果がなくなってしまうからだ。
それなら最初から気にしない方がいいのではないか。

 

澤村伊智の短編集「などらきの首」~組体操の記憶

 

ステレオタイプな子ども像

子どもの頃、「カレーとハンバーグが好きで勉強は嫌い、体育大好き」みたいなステレオタイプを、アニメとかでも現実でも押し付けられるのがしんどかった。
なんで勉強は嫌々やる前提なのか。野菜は我慢して食べるものという前提なのか。
そうやって刷り込むから、勉強が楽しいと思えなくなるのではないか。

運動会やマラソン大会に出るくらいなら、計算ドリルの5冊でも解くからドサッと渡してくれと思っていた。

自称「子ども好き」の大人は、大抵冒頭のような「自分の好きな子ども像」に当てはまる子どもしか好きじゃないから、苦手だった。
実際は、そんな像にそのまま当てはまる子の方が少数派だとは思うけど。

苦手だった同級生が教育実習に行ったという話を聞いて、
あぁ、こうやって再生産されるんだなぁ…と悲しい気持ちになったことがある。
その同級生はかつて、自分は大人に好かれるということを公言していた。
気に入らない相手は他の人を巻き込んで攻撃したりしていた。でもずっと中心的な人物だった。
学校にいい思い出がない人は、まず教師なんて目指さない。

 

澤村伊智「などらきの首」

昔そんなことを考えたのを、澤村伊智の短編集「などらきの首」を読んで思い出した。

 

などらきの首 比嘉姉妹シリーズ (角川ホラー文庫)

などらきの首 比嘉姉妹シリーズ (角川ホラー文庫)

  • 作者:澤村伊智
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: Kindle版
 

この短編集の中で最も印象に残った作品は、「学校は死の匂い」だ。
冒頭で、著者の組体操への憎しみが炸裂している。短編なぶん、すぐネタバレになりやすいから詳しくは紹介しないが。

私も組体操なんて大嫌いだった。なぜ小石まじりの砂の上を裸足で走って、むき出しの膝と手のひらをつかないといけないのか。本当は組体操なんてやりたくない子の方が多かったんじゃないか。
毎日毎日拡声器で汚い言葉遣いで怒鳴られて、学校の近所に住む人から苦情が来るんじゃないか?というか来てほしい、と思った。

また、その次に収録されている「居酒屋脳髄談義」では、
部下や後輩をサンドバッグにして自分がスッキリしたいだけの“職場の飲み会”に対する怒りもだいぶストレートに表現されていた。

著者の他の作品でもそうだが、集団や多数派にになじめない、疑問を持ってしまう側の視点が大切にされていると思う。

女性の描き方にノイズがない

また、女性の登場人物が記号的じゃないところも読みやすく感じる。記号的な(謎の)「美女」が登場したり、執拗に外見の描写が続いたり、変な「サービス」とかがない。想定読者から除外されていない感じで、ノイズがないのだ。名作であっても、その辺りが古臭いと読むのが辛くなってしまっている。

もちろんホラーやミステリとして見事に楽しませてくれるところがすごいのだが、余計なノイズがないところも澤村伊智作品の好きな点である。

「家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか」2~雑感

 前回は要約だったが、今回は個人的に印象に残った部分を紹介したい。

 出産のジレンマ

人類の脳の進化にはまた、進化の保守的な面と、すでにあるものをいじくりまわしてやりくりする(ティンカリング)という自然選択の性質とがうまく映し出されている。二足歩行の成立が脳の増大よりもかなり前に起こったという偶然的事実は、人類の進化に重大な結果をもたらした。その一つが「出産のジレンマ」である。効率的な二足歩行には幅の狭い骨盤が必要である。一方、脳のサイズが大きいために新生児の頭部も大きい。分娩時にはこの大きな頭部が骨盤を通り抜けなければならないのだ。脳が増大するより前に骨盤の進化が起こったために、骨盤のサイズのせいで新生児の脳のサイズが制限されることになった。それでもなお新生児の頭は大きく、骨盤の幅が最大になる箇所に合わせて四分の一回転するという危ない過程を経なければ、出てこられないのだ。
人間の出産は、他の現生の類人猿よりもずっと困難で危険である。類人猿では新生児の頭部に対して骨盤のサイズには十分にゆとりがある。アウストラロピテクスでもそうだった。

※強調は引用者による。以下同じ

日本人女性は骨盤が小さめの人が多い印象なので、余計ダメージを受けるんじゃないか?それだって少子化の遠因だったりするんじゃないか?人間がパンダみたいな、妊娠に気づかないぐらいの出産だったらもっと生まれてる気がする。

iPhoneとかはもう十分進歩したと思うから、この「出産のジレンマ」をどうにかしてほしい。実はもう、人間の子宮以外で胎児を育てることは、技術的には可能だったりして。

 

人間の性差は小さい

進化心理学が創り出した「なぜなに物語」のなかでも言語道断なものとして、人間の性差に関するものがある。よくある進化心理学的なお話では男女の差が強調され、男性と女性は異なる種に属しているとまで思わせられる。しかし、第13章で見たように、ヒト科の系統では、性差(性的二型)は明らかに減少している。300万年前頃からすでにその傾向が見られる。哺乳類の標準から見ても、霊長類の標準やヒト科の標準から考えても、人間の性差はかなり小さい方なのだ。この事実は、自己家畜化仮説と矛盾はしないが、自己家畜化仮説の決定的な証拠となるものではない。またこの事実は、心理学的性差を含め、人間の性差についての「適応主義者のロジック」に基づく憶測に飛びついてしまいがちな人に、待ったをかけるものでもある。

すぐ「本能」とか持ち出す人には、そもそも生物はメスがオスを選ぶんだということを思い出してもらいたい。オスどうしの闘争に勝ったとしてもメスがそっぽを向くことだってある。
確かに人間、というか特にアジア人は性差が小さいと思う。女性のお尻にそこまで存在感がないところとか、マッチョな男性が少ないところとか。アジア人は幼く見えるというのはよく言われるが、人間の中でも特に幼形進化が進んでいるのではないか?

「家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか」1~要約と感想

人間は動物を作り替えてきた。別の種類の動物であっても、そのプロセスには共通したところがある。

 

キツネのうち従順性の高いものを人為的に選択し、何世代か掛け合わせていく実験が行われた。 この実験の話が本書では繰り返し出てくる。 

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家畜化された動物の特徴

従順性、人間の意図を読み取る能力
(人間が近づいても怖がらない・逃げない、他の個体と接近したときも同様。これは社会性の高さでもあり、幼児・若者の特徴)
毛色の多様性(特に自然界にはあまりいない白色など)
ペドモルフォーシス(幼形進化)
繁殖期が長くなる
性的二型(=雌と雄の違い)が小さくなる(体格差や、雄の牙が小さくなって雌に近い姿になるなど)

従順性は「セット販売」のように他の形質と組み合わされているので、副産物として、鼻づらの短縮、毛色の変化、垂れ耳の出現といった身体的変化も起こる。

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こういう家畜化のプロセスがイヌ・ネコからブタ・ウシ、トナカイやラクダまであらゆる動物について畳み掛けるように示されていく。
それからやっと、「これが言いたかった」というように人間の話につながるため、これまで読んできた知識や推論によって理解しやすくなる。
本書は専門的であり、読み始めるまで理解できるか自信がなかった。というか本当に理解できたとは思っていないが、本書の構造はかなり理解しやすく作られていた。

人間の自己家畜化仮説

人間こそがもっとも家畜化された動物なのではないか。
他の動物と比べて未発達な状態で生まれてくるし、社会性や外見的特徴からも、幼形進化の特徴を有している。
ここまでの説明を踏まえると人間は自己家畜化したように思えるが、どうだろうか?ということを本書は検討している。

 

 

大型犬~本筋とは離れるが、気になった話

ゾウの時間ネズミの時間、というように大型動物の方が長生きする。ハムスターの鼓動はすごく速くて、「生き急いでる」感があり、悲しくなるくらい流れている時間が違うと実感させられる。
なのに、犬の場合は、小型犬が20年近くも長生きして、大型犬は短命である。それが以前から疑問だった。

哺乳類には、大型種の方が小型種よりも寿命が長いという法則がある。ゾウはネコよりも、ネコはネズミよりも長生きといった具合である。ところが、諸犬種はそうではない。イヌでは大型犬種の方が早死にしてしまう。アイリッシュ・ウルフハウンド、グレート・デーン、ニューファンドランドの寿命はわずか6~8年だ。

(略)
犬が先の法則に当てはまらないのは、いま見てきたように、遺伝的に重荷を背負っているためかもしれない。
哺乳類一般の傾向と逆になっているのは、「太く短く生きる」という生活ペースの法則で、ある程度は説明できる。大型犬種が大型なのは成長が速いためである。成長が速ければ、一つの細胞が一分間に消費するエネルギーが小型犬種よりも多くなる。ほとんどの哺乳類では、大型種は実際には小型種よりもゆっくり成長する。つまり、小型種よりも長期間成長し続けるからこそ大型になるのである。(略)イヌの諸品種では、成長の速いものを人為選択して大型種を作り出しているために、この傾向が逆転しているのである。(略)心臓や骨格などに欠陥があった場合、成長の速い犬種では、成長の遅い犬種に比べてその欠陥の影響が顕著に現れる可能性がある。また、成長が速ければ細胞分裂も増えるので、がんの発症率も高くなりがちというわけだ。

 
大型のネコ(ノルウェージャンとか)はゆっくり成長し、骨格が完成するのが遅い。それとは対照的に、大型犬は成長が速いから大型になっている。

本書ではケネルクラブによる犬種作出の歴史についても詳述されている。グロテスクな領域にまで達した人為選択の例である。

たいして興味もないのに聞かないでほしい

休みの日は何してるかとか、たいして興味もないくせに聞かないでほしい。
読書と散歩、あとは家事とかだけど、話広がらないし広げたくもない。
相手だって多分広げる気はない。「ネタにして」「変人扱い」して「いじり」たいだけ。材料が欲しいだけ。

自分が観てるテレビ番組を他人も観てる前提で話してきたりするわりに、読書が楽しい前提で話すのはだめなのか。
特定のテレビ番組の話と、最新の芥川賞受賞作を読んでる前提で話すのとは、たいして違わないのではないか。

日本以外のアジアを見下す発言を平気でしているような人に、K-POPを聴いてることを話すわけがない。
こちらの情報を開示したくない。

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別に自分のことを理解してほしいとも思わないし、ただ踏み込んできてほしくない。
天気の話、コロナの話とかそういう世間話だけで十分だ。むしろ無難な世間話は好きだ。
踏み込まないということが常識になるのは、どれくらい先のことだろうか。