生きるためのセミリタイア

当たり前を疑い、40代セミリタイアを目指す

マイケル・ポーラン著「幻覚剤は役に立つのか」

文藝2021年春季号「夢のディストピア」に掲載の「身体と精神改造のための闇のブックガイド」で知り、気になって読んでみた一冊。
かなり分厚い本だが、印象に残った箇所をピックアップしていきたい。

 

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1.本書の概要

本書でいう幻覚剤は主に、LSDとサイロシビン(マジックマッシュルームの成分)である。
第二次世界大戦中に発見されたLSD((LSDを発見したスイスの化学者アルバート・ホフマンの生誕百年祭には、なんと本人が登壇したという。をはじめとする幻覚剤は、精神疾患治療の研究がなされたり、セラピーに用いられたりしていたが、普及するにつれ現在イメージするような60年代のヒッピー文化につながっていく。

「ドラッグをキメろ、波長を合わせろ、社会に背を向けろ(ターンオン、チューンイン、ドロップアウト)」というスローガンまでできた。

その後、摂取中の事故などが問題視され、研究プロジェクトも休止されてしまった。

だが2006年以降、脳の特定部分の働きを測定したりする技術が発展したこともあり、幻覚剤の効果が見直されつつあり、末期がん患者の精神面のケアや、うつ病やアルコール依存症の治療などに有効なのではないかと研究が進められてきている。これを本書では「幻覚剤ルネッサンス」と呼んでいる。

 本書では、インタビューだけでなく著者自身が3種類の幻覚剤を使用した体験まで、克明に記されている。

 

 

2.パターンから脱する

1955年生まれの著者は、LSDは服用したことがなかったが、20代後半にマジックマッシュルームを試したことがあるという。

私は思いはじめていた――あのありがたい薬を若者に与えても無駄だ、あれはもっと歳を重ねて考え方が凝り固まり、毎日同じ習慣どおりに行動するようになった、私たちのような年配者にむしろ役立つのではないか、と。
かつてカール・ユングは、若者ではなく中年にこそ、人生の後半を切り抜けるために「神秘体験」が必要だと書いた。

※強調は引用者による。以下同じ。

経験を積み重ねてきたことによって、ほとんど自動的に出来事に対処することができるようになるが、そういうパターンから脱して、乳幼児のような感覚を取り戻せるのが幻覚剤の効果らしい。

このユングの言葉は知らなかったのだが、日本でスピリチュアル系にハマる人の年代も若者というよりは30代~40代くらいというイメージがある(女性の場合は婚活その他の焦り、妊娠出産育児関係、身体の変化とかがきっかけになってそうだけど)。 

3.体制にとって都合が悪い?

リアリーが「LSDは核爆弾よりはるかに脅威となる」だとか「LSDを摂取した子どもたちは君たちの戦争では戦わないだろう。彼らは君たちの仲間には加わらない」みたいな発言をしたのも、火に油を注いだ。これらはけっして根拠のない言葉ではなかった。1960年代半ばから、実際に何万人もの若者たちがドロップアウトし、サンフランシスコのヘイトアシュベリーやニューヨークのイーストビレッジといった通りに流れ着いた。青年たちはベトナム行きを拒んだ。戦闘意欲や体制側の権威は地に墜ちた。摂取すると人格が変わるらしいその奇妙な新薬がこのことと関係しているのは間違いなかった。

本書によると、幻覚剤を体験した人の多くは、「(陳腐に聞こえるかもしれないけど、)愛こそがすべてなんだ」と語っている。語られる感想は、全体的にジョンレノンっぽい印象を受けた。

言葉では表現しきれないが、世界と自分はつながっている、というかすべては一つなんだ!という感覚になるらしい。そんな感覚を経験した人が、戦争で殺し合いなんかするわけがない。まさにラブアンドピースだ。

米国で幻覚剤の危険性を警告するキャンペーンが行われたのも、そういう人が増えてしまうと国家にとって都合が悪いからという側面があったのではないか。

 


4.自我の消失―体験の共通点

私がインタビューした人の多くが、当初は完全な物質主義者や無神論者で、私と同じくらいスピリチュアリティとは無縁だったのに、神秘体験をして、この世界には私たちには知りえないことがあるのだと絶対的に確信したという人が何人かいた。物理法則がこの世のすべてを構築していると私は考えているが、それを超えた「向こう側」が存在するというのだ。あるとき話を聞いたひとりのガン患者のことがたびたび頭に浮かんだ。自分は無神論者だときっぱり言いながらも、「神の愛を全身に浴びた」と彼女は語ったのだ。

 

宇宙からの帰還 新版 (中公文庫)

宇宙からの帰還 新版 (中公文庫)

  • 作者:立花隆
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: Kindle版
 

私はここで立花隆「宇宙からの帰還」で宇宙飛行士たちに宗教的な考え方の変化が起こっていたことを思い出した。すると、ずっと後の部分で言及されていた。 

おそらく、これが幻覚剤の効果のひとつなのだろう――思考の視覚化を阻む脳の抑制を緩め、思考を目に見える形にして説得力を与え、記憶しやすくし、忘れにくくする。宇宙飛行士が報告する概観効果は、広大な宇宙の海に浮かぶこの「青白い点」を論理的に理解する役には立たないが、実際に見るという行為がそれをこれまでになくリアルに感じさせる。たぶん幻覚剤も、その人の人生の問題あるシーンについて同じような概観効果をもたらし、おかげで行動を改めようという気になるのではないか。

 宇宙飛行士の場合、神の存在を感じたという人もいれば、信心深かったのに、神はいなかったと感じた人もいたのが相違点だと思うが。

スピリチュアル的なものを胡散臭いと思って距離を取っていた人(著者マイケル・ポーラン自身がそうである)でも、幻覚剤服用時の体験を語ろうとすると、自ら陳腐な言葉だと思いつつもスピリチュアルな表現にならざるを得ないところが興味深い。

 5.未来のメンタルヘルスケア

私は下戸である。飲酒しないと節約にはなるのだが、酒で気分よくなることができないという点に、なんとなく不公平感を覚えている。

そこで、アルコールに耐性のない人には、別途なんらかの薬物を許可して、医師の監督のもと、(ただし、いかにも病院という無機質な白い部屋ではなく、植物などがあって、リラックスできるような南国のスパ的なインテリアで、)摂取できるようにならないものかと考えることがある。
そんな妄想に似た記載を本書に見つけて驚いた。

一種の「メンタルヘルスクラブ」のようなものにときどき行き、サイケデリック体験ができる時代の到来を空想する者もいる。これは、(略)精神科医、ジュリー・ホーランドの意見だ。「スパ/静養施設とジムを足して二で割ったみたいな場所で、ガイドのいる安全な環境でサイケデリック体験ができるの」

 これは実現したとしてもかなり先だと思うし、たとえうつ病などの治療目的での使用が認可されたとしても、健康な人の使用は日本では無理そうだが、正直言って理想的だ。

オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」に登場する、半錠でバカンスと同じ効果があるという薬「ソーマ」はとても印象的である。ソーマの存在により、ディストピア作品の中でも「この世界だったら行ってもいいかも…結構楽しそう」と思ってしまうのだ。オルダス・ハクスリーは自身も幻覚剤を使用していたので、本書に何度も登場する。

上記の「メンタルヘルスクラブ」がある世界は、ユートピアなのか。国家にとって都合のいい形(不満に目隠しするとか)で使われるのであればディストピア度が上がるが、本書で述べられているような体験と効果を各人の選択で得られるのであれば、それはユートピアかもしれない。