(注意:ストーリーの核心には触れませんが、若干ネタバレがあります。)
澤村伊智「ぼぎわんが、来る」(角川ホラー文庫、2018年)
・今さら読みました
2015年の刊行時から気になっていたのに、なんとなくずっと読むのを先延ばしにしていた本。
単行本の帯には、選考者の評として「選考をしていて続きを読むのが楽しみだった」というような内容が書かれており、
大多数の選考作品は続きを読むのが楽しみではないんだな~大変だな~と思っていた。
面白そうなのに読んでいなかった理由は、「めちゃくちゃ怖そうだから」である。
ホラーがあまり得意じゃないのだ。
でもやっぱり気になるので、今さらながら読んでみた。
ある地方に伝わる化け物がいて、訪ねてきても返事をしてはいけない、とかそういうクラシカルなホラーの設定をベースにしつつ、家族の抱える問題とか現代的なテーマが描かれていて、とても完成度が高かった。
・認知の歪み?
主人公・秀樹の思い込みの強さ(認知の歪みというのか?)が見え隠れする。
開始早々、妻・香奈と出会う前の回想でこれだ。
やはり心のどこかで一人っ子であること、親の面倒をみなければいけないこと、それには伴侶となる女性が必要であることを、常に感じていたのだろう。
怪異部分の回想でもないため、さらっと読み飛ばしてしまいそうだが、「ピピー!」という感じで引っかかった。
なぜ親の面倒をみるのに妻が「必要」なのか?実は全然つながっていない。論理の飛躍である。
独身者だって親の面倒は見るだろう。既婚のきょうだいが育児に追われているからメインで関わってるという人もいるだろう。
そして何より、ナチュラルに自分じゃなくて妻が、自分の親の面倒を見ると思っているのだ。
なんかこれは後々、厄介なことになるのでは…?と思ったら、案の定だった。。
・「イクメン」への痛烈批判
作者は自称イクメンに恨みでもあるのか?というくらい厳しい視線が向けられ、これでもかと描写されていた。
一つ一つのエピソードがいかにもありそうな感じで、この部分は夫の愚痴系Twitterぽかった。妻が風邪を引いた時の対応とか、よく見かけるやつだ。
特によかったのは「パパ名刺」だ。そのままじゃなくても、似たようなことを本当にやってる人が現実にいるんですよね…?見てるこっちが恥ずかしいくらいの代物で、秀逸だった。
化け物とかあんまり関係ないけど、これが出てくることでクライマックスの一つが形成されていた。
・家族礼賛ではない
なんとしても子どもを守る!という親の気持ちの切実さは、子どものいない私にはただ想像するしかない。しかし本作では、子どものいない側の視点も大切にされている。
また、家庭という場が、特に妻や子という立場にある人にとっては安全でない場所になることもあったり、どす黒い感情が渦巻いていたり…という、できれば直視したくない現実もしっかり見せつけてくれる。
個人的にそこを「家族=ハッピー」という一色で塗りつぶしてしまう人が苦手なので、その点でも本作は素直に読むことができた。
・おわりに
「ぼきわん」は怖いし強いし、しぶとすぎて、途中から麻痺して笑える感じになってきた。
特徴(返事してはいけない)とかはわりとどこかで見たような感じだが、作者自身もそのことは明らかにしている。
ホラーとしての面白さだけでなく現代的な視点があって、作者の家族観に共感するところがあったので、ほかの作品も読んでみたい。