生きるためのセミリタイア

当たり前を疑い、40代セミリタイアを目指す

文藝2021年春季号「夢のディストピア」感想

文藝2021年春季号を読んでいるので、掲載作品についてメモを残しておく(まだ全部読めていない)。

 

文藝 2021年春季号

文藝 2021年春季号

  • 発売日: 2021/01/07
  • メディア: 雑誌
 

 

 

児玉雨子「誰にも奪われたくない」

惹句にあった「距離を取るのも会えないのも、みんなそんなにさみしい?」が気になり、楽しみにしていた作品。
アイドルグループに楽曲提供した主人公と、そのアイドルの一人が交流する。

わざわざ文芸誌を読むような偏屈な人(私を含む)は、主人公の他者との距離の取り方に共感を覚えると思う。
思わず「そっ閉じ」したくなるメールが登場するのだが、その高圧的な感じが、そこだけでも読んでほしいくらい見事なので必見。
電子機器をはじめ、小物の使い方も印象的だった。

山下紘加「エラー」

主人公は、可愛い容姿とのギャップが売りの大食いクイーン。

大食いと文学ってだいぶ遠いところにあると思うので、新鮮な組み合わせ。
フードファイターのトレーニングなど、知らないことが色々出てくるのも楽しい。読後、大食いについて調べてしまった。
主人公の恋人に対し、読んでいてイライラしてくる感じが絶妙。
私は胃弱なので、読んでいるだけで満腹になってしまい、ちょっと胃が気持ち悪くなりながらも続きが気になってどんどん読んでしまう作品だった。

特集:夢のディストピア

対談 飛浩隆×高山羽根子「ディストピア小説の主人公とは誰か」

高山
先ほど全体主義という言葉が出ましたが、たくさんの人が社会で生きていくために、ひとつの方向を向いている方が生きやすいという見方がありますよね。でも、そのときに違う方向を向いてしまった人の物語がディストピアなんです。

 

高山
たぶんわれわれ作家は、みんなが同じ方向を向いているときに、なるべくキョロキョロしようとする生き物なんだと思うんです。
 作家なんていうのは、村のちょっとヤバい奴みたいなところがあって、なんか変なことばっかり言っているな、と思われている人なんですよ。聞いてもらえるかもらえないかはわからないけれども、何かそういうことを言いつづける生き物。それがありがたがられる巫女になるのか、村のはずれのヤバいおばあちゃんになるのかはまた別なんですけどね。

出典:文藝2021年春季号(河出書房新社)

SFファンというわけではないのだがディストピアものが好きなので、この特集に惹かれて購入した。
「違う方向を向いてしまった人」という指摘があるが、ディストピア作品では「この世界だったらそんなに嫌じゃないかも…」というものもある。例えば「一九八四年」の世界にはあまり住みたくないが、「すばらしい新世界」だったら結構幸せに暮らせると思う。休暇を取ったみたいに気分がよくなる薬が配給されるし、生殖からも解放されている。
確かに、「すばらしい新世界」も、大多数の人たちとは違ってその世界で疑問を持ってしまった人や、外部からその世界に来た人の視点が入るからこそ物語が展開していくのだ。

金原ひとみ「腹を空かせた勇者ども」

主人公はコロナ禍の中、バスケ部で頑張る中学生。
以前、金原ひとみと綿矢りさの対談で、「最近の若い世代は(自分たちがその年齢だった頃と違って)ものすごく健全でいい子で、びっくりする」といった話をしていたのだが、この感覚が本作に活かされているような気がした。

作品と関係ないが、私も同様に驚いた経験がある。テレビのニュース番組で新社会人に対し街頭インタビューをしており、とても自然な様子で「今まで育ててもらって感謝している。親と社会に恩返ししていきたい」と語る新社会人がいた。それを照れるでもなくさらっと言えるのがとても眩しく、羨ましいとさえ思った。

真藤順丈「オキシジェン」

作家や詩人、画家たちが「グッドエア社」の治験を受けている。
施設内で同社の高濃度酸素(アロマなども入っている)を吸入して集中力を上げ疲労回復しながら、「来るべき未来」をテーマに創作を行うのだが…という話。

これこれ、ディストピアってこんな感じだよね、待ってました!という印象の作品。
なんとなく急いで終わってしまったような感じがしたので、もう少しじっくりと単行本一冊分くらいになったものを読みたいと思った。

高瀬隼子「休学(国産のため)」

「男が二人目を産むのはおかしいですか」人間職員の私は、休学届を手にした学生に慌てて首を振った。

この短いフレーズで十分興味をかき立てられる。「男が二人目を産む」の部分はもちろんだが、「人間職員」?人間じゃない職員の方が多いのか?と。
ディストピア×生殖という作品が特に好きなので、楽しく読んだ。
似たテーマの作品としては、村田沙耶香「消滅世界」、田中兆子「徴産制」などを思いつく。
「侍女の物語」はどうか?女性だけが妊娠出産していることは変わらず、科学技術の進歩という要素がないから少し違う。

学食にも図書館にも、妊娠体優先席があるし、全ての講義室の席はゆったりと広く、妊娠体でも窮屈にならないスペースを取ってある。トイレも広いし、医務室のベッド数も多い。むかし、女性しか妊娠できなかった頃は、こんなに設備が整っていなかったと聞く。出産だって痛かったらしい。それもものすごく。意識があるまま、痛みを感じる状態で体を切り裂いていたなんて、正気の沙汰じゃない。そんな旧時代的な出産方法は、男性の妊娠が可能になるのと同時に、当然廃止された。

そう、私もそう思う。当事者が女性だけだから、縄文時代みたいなままでなんとなく放置されているに違いない。
(過去記事 )

fluffysamoyed.com

 
スマホとか十分進歩したしもう一旦置いといてもらっていいから、妊娠出産の方法と、あと傘にイノベーションを起こしてほしい。どっちも基本構造が100年前から大して変わってないと思う。

本作は出産に関わる制度以外にも、主人公がポリコレ的観点から発言にかなり気を遣っている点も印象に残った。